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江戸川区で工務店を経営する社長が徒然なるままに、日常のなんでもないことを書き留める日記です。 よろしければ、ごゆっくりどうぞ。
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今、戦争映画「硫黄島からの手紙」が公開されている。今年は邦画でも「男たちの大和」が公開され好評だった。
私達の世代は多くの戦争映画を見て来た。
1957年「明治天皇と日露大戦争」が初めだったと思う。

私の印象深い映画は1952年「真空地帯」山本薩夫監督作品であった。皇軍の兵隊を作り出す内務班教育の非人間的な残酷さの中で、木谷(木村功)は上官に復讐し脱走しょうとするが失敗し、外地に送られる。野間宏の小説を山本薩夫がリアルに描いていた。作品としても一級品だと思う。

もう一本は1959年「野火」市川昆監督作品。原作は『レイテ戦記』の大岡昇平。同名小説を市川監督夫人、和田夏十が脚色し映画化したものである。戦時下の極限状況での、人間性と神の問題を描いたものである。第二次世界大戦末期、フィリピン戦線レイテ島。日本軍は山中に追い込まれ、飢えと疲労で極限状態にあった。田村一等兵(船越英二)は病気を理由に軍隊から追い出され野戦病院に行くが、ここでも追い払われ、敗走する仲間の群れに入る。飢餓に苦しむ彼らは″猿″と称して、味方の兵士を殺し、その肉を食べていた。これはショックであった。

この映画、戦記、小説、に接して、純粋に『靖国』へ墓参に行かないわけにはいかなくなる。
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冬季休業中に映画「硫黄島からの手紙」を見たいと思っている。楽しみにもしている。私は亡父、義父共に兵隊として外地に出ているので大変関心がある。亡父は仏領インドシナ(現在のベトナム)義父は満州である。
つい兵隊経験のある方には深く聞いてしまう。大方は詳しく話してくださるが、稀に苦渋に満ちた顔で拒む方もいらっしゃる。そういう時は本当にすまないと思う。思い出したくもないことなのであろう。

でも、今、この経験した方々がいなくなる。
私達日本人は決して忘れてはいけないことだと考えている。
戦後61年風化させてはいけない。

「インパール作戦」「ニューギニア戦」『レイテ戦」「沖縄戦」そして「硫黄島戦」もう一度直視しなければならないと思っている。
私の人生で最も好きな映画は「七人の侍」です。
この作品は言わずと知れた黒澤明監督作品で昭和29年(1954)に公開されました。私は4年後、高校一年、自分の学校の文化祭で観ました。それまでも映画は多く観ていました。私の子供の頃は映画が最大の娯楽でした。最初はアラカン(嵐寛寿郎)片岡千恵蔵、中村錦之助だったのですが「七人の侍」で映画のイメージが変わりました。
映画の持つ全ての要素が素晴らしかったのです。物語(脚本)音楽、俳優、セット、スペクタクル、リアリズム、もう何と言っていいのか言葉に尽くせない程感動、感激しました。
七人の侍のリーダー勘兵衛(志村喬)の沈着冷静な判断力、そして人間性、言葉は少ないがやる時は敢然と立ち向かい死んで行った久蔵(宮口精二)、キャスト全て第一級ですが特にこの二人のキャラクターと俳優が印象的でした。

その後も映画は観続けていますが、私にはこれ以上の作品はありません。黒澤作品もその後全て見ていますがこれ以上によいとは思いません。
私の一番好きなシーンは菊千代(三船敏郎)が百姓を庇う処で、勘兵衛が菊千代の出自を鑑みて言葉を掛けると思わず菊千代が涙する場面です。

私の若い頃、昭和40年(1965)から昭和60年(1985)頃も先輩から「今時の若いものは…」と憂慮、批判された。
これは何時の時代も繰り返される現象かもしれない。それだけ私も年をとって若者に難癖を付けているのかと反省もしている。でも言わずにはいられない事もある。

PTAでは給食の時間に「いただきます。」「ご馳走さまでした。」と頭を下げる必要は無い。等と全く馬鹿のことを言う親がいたり、ベンツに乗っている親が給食費を払わないとか。自分で子供に基本的な躾が出来ない親が学校にその責任を押し付けたり、わが子を殺したり、子供をペットのように愛玩したり、子供は自分だけのものではない。将来は国を構成する重要な人材である。いくらなんでも、私の若い頃、こんな人はいなかった。

昨日、昼食をある食堂で息子と、とった。四人掛けのテーブルが並ぶ座敷であった。そこは禁煙ではなかった。本当は禁煙にしたいのであろうがそれでは客の入りが悪くなる。
私の隣の席に42~3歳の女性が二人座った。後から連れの男性二人も着座した。早速、この女性二人は煙草を取り出し無造作にプカプカやり出した。副紫煙が風の具合でまともに私の方に注がれる。それを彼女の口息で吹き散らすのである。本人は蹴散らしているのであろうが私にとっては余計馬鹿にされているようである。
その女性の眼は、ここの店は【禁煙】ではないのだから関係ない、構わないと言っている。要は、法律に無いことは何をやってもいいという風潮なのである。相手への思いやり、配慮、自分がされたらどんなに嫌なのかを考えない。

決して今の全ての女性がこうだとは言わない。しかし多すぎる。連れの男性は煙草を吸わない。
その上、女性の腰は、前屈みになると肌が露出される。スポーツしているのではない、日常でお尻が見えてしまうのではないかと心配するほどである。

全て、年寄りの僻みであろうか?もうちょっと日本女性はつつしみがあったのではないだろうか。
最近、私の僻みかも知れないがジェネレーションギャップを感じて仕方が無い。最初、痛烈に思い知らされたのがPTAのOB幹事会での席上であった。小学校の役員経験者のOB会なので若い人では40代前半の方もいる。私とは20歳近く差がある。私達の年代ではPTA役員はPTAの中ではリーダー格であって、常識をある程度兼ね備えていてしかるべきと考えている。常識は時代によって変化するとは言っても、変わらない、変えてはいけない常識もある。

特に上手く折り合えないのが昭和36年(1961)から40年(1966)の人たちである。この年代は私から見れば別次元の人達である。

1.会議を開くと黙って発言者の話を長く聞いていられない。
2.自分と意見が違うと直ぐに横槍を入れてくる。
3.私語を話し始める。
4.日本語を話せない~尊敬語或は、謙譲語が言葉に存在しない。
5.私には変な民主主義?平等論を持ち出す。先輩、高齢者、障害者、恵まれない人、謂わば弱者にまで平等論を持ち出す。社会的弱者は平等の範疇からは外さなくてはならない。
6.先ず自分ありきで他人は、関係ない。世間様がどう思おうが関係ない。人は人、世間様と上手くやって行こうなんててんで考えていない。
7.特に女性が悪い。日本女性の良さなんて、全て捨てきっている。
8.子供と迎合しようとしている。中には娘と同じ考え、コスチュームだと言って悦に入っている。殆ど親の意識を持とうとは考えていない。友達がベストと思っている。

これは私の全くの偏見であろうとは思っていたが、同感だと言う人が同年代では大半なので、あながち当たっていないとは言えない。
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